シングルマザー女子大生ゆるゆるゆか子にっき

シングルマザー女子大生(だった)上原のにっき。ゆるふわニートなうです。

記号の更新手続きが終わりました

アラサーキャバ嬢“女子高生”の上原です。

 

大学進学が決まり心穏やかな日々を過ごしているよ。

うそです。レポートをやり忘れ泣きそうな3時間を送り、地道な積み重ね、段取り力の重要性を思い知らせた次第だ。

 

最近になって思うのだが、キャバ嬢をしていて「学生です♡」と言うと優しくされる率が上がった気がする。

その優しさは、僕が20歳前後の頃。底辺から社会を見ていた時に、強い憧れを抱き、喉から手が出るほど欲しかったモノだ。

 

数年前の僕は、同じ若年シングルマザーの友人と「自分たちは子どもが居るから本気でやってる!って言えば良いんだよ」とか、仕事帰りに酒を飲んでは底辺なりの悩みを分かち合っていた。当時の僕らは、斜めから社会を見る事でしか、自分たちの存在意義を見いだせなかったのかもしれないし、「もっと強く生きなきゃ!」とか自分にはっぱをかけるしかなかったのかもしれない。

 

“記号の更新手続きが終わりました”とか、舐めた発言をタイトルに出来るのは“今の僕”が欲しかった“記号”を手に入れられたからであって、数年前の僕が“今の僕”みたいな奴を見たら殺意が芽生えるか、自分が消えたくなるくらいキライなタイプの奴だ。

 

それくらい、“学生”という記号には価値がある。

大学全入学時代と言われても、まだまだ社会は記号に優しいのだ。

そして、負の記号には冷たく、排除しようとしたり、消そうとしたり、昔の僕を存在しなかったかのように、もしくは、ゴミのように扱う。

 

とくにオチはないのだけれども、“記号”がどれだけ大切なモノなのか、一時的なモノなのか、忘れないで生きていきたいものだ。