シングルマザー女子大生ゆるゆるゆか子にっき

シングルマザー女子大生(だった)上原のにっき。ゆるふわニートなうです。

消される不安からの焦りだよ

メリークリスマス!まだ、イブなんだけれども、今日の予定が恐ろしいスケジュールになっている事に気付いたなう。

 

ヒマな時はヒマなんだけれども、「何で焦ってるの?」と言われるくらい予定を詰め込むことが多々ある。今まで考えるのを避けて来たけど、ここ最近になって僕の“焦り”が何なのか分かってきた。

 

情報が発信されるとき、その中心にあるのは必ずと言って良いほど“都心”だ。

僕は県庁所在地がある市内に住んでいるとはいえ、かなり田舎の方でザリガニやオタマジャクシを捕まえたり、不発弾が毎年出るような場所で秘密基地を作ったり、宿題は運動場でやる子ども時代を過ごしてきた。

 

それも、反社会的勢力の方々から「え?お前、あの地域出身なのか・・・」と、ちょいと引かれるような地域性を持った場所で、もの凄く“格差”がはっきりしていたと思う。

 

友だちの家の中や敷地内で迷子になった経験もあれば、友だちの家の床が無いとか、タンスの後ろ側がないとか、いつも同じ服来てるとか、明らかにお風呂入ってないよね?とか、見ようと思わなくても“格差”が見える場所で育ってきた。

 

ちょっとだけ大人になった今、朝方、近所のコンビニに行くと “夜の世界”で働き終えた人たちを目にする。それに、キャバクラに出勤すると「支払いしないといけないのに、早上がりばかり続くとキツい」とか、生活感溢れた話ばかりを耳にする。

 

きっと、私たちは何らかの引力で夜の世界に足を踏み入れたのだと思う。

 

けれども、夜の世界で働いている“母親”の子ども達と一緒にザリガニを取っていた私としては、「子どもを養うため」「生計を維持するため」の理由がどうしてもしっくりきてしまう。

 

世論が“都心”中心で進む度に、僕は“僕らの現実”が掻き消されてしまう不安に襲われる。

 

沖縄が“問題先進国”であろうと“社会”は関係ないのだ。

等身大のリアルな僕らの姿は、ちっぽけな田舎の稀な存在であって、社会とは遠い世界で生きているし、これからも生きていく。

 

僕の“焦り”は、社会から消されてしまうのではないか、無かったこと、存在しなかったこと、そんな扱いを受けるのではないか。この気持ちからの焦りだ。

 

時間の流れとともに、着実に消されている存在があることを社会はどれだけ知っているのだろうか。僕らは考えていくべきだと思う。