シングルマザー女子大生ゆるゆるゆか子にっき

シングルマザー女子大生(だった)上原のにっき。ゆるふわニートなうです。

“帰りたい世界”があまりにも遠すぎた件

ベルサーチドリーマーの嫌みな程は甘ったるくないムスクの重い香りが風に乗って、夜の国道を爆音とともに流れる。

 

プリンになりかけた金髪にハイビスカス柄のサロペット、ガルフィーやサンタフェのトレーナーにブーツカットのジーパンの同世代の女子がコンビニの前でタバコを吸いながら見ている。僕はストレートのジーンズにマウジーのTシャツやアバクロのストライプのシャツをよく着ていた。ジャンルが異なる服装な僕を“何でアイツみたいなのが!”とでも言いたそうな視線を浴びるのが快感でたまらなく好きだった。

 

新年早々、兄ちゃんとメールをしていたら僕が昔一緒に飲んだり、たまに遊んだりしていた共通の知り合いが居ることを知った。

かるく8年前の知人の名前を研究者から聞く事になるとは想像もしていなかったし、あの頃の僕は18歳で死ぬ!と本気で思っていた。それが自分の人生プランだったのだから、人生とは上手くいかないものなのだろう。

 

僕がマウジーの服を好んで着ていたのには訳がある。

17歳のころ、僕が小学生の時に県立図書館で勉強していた友だちとお茶をした。彼女は中学受験し、公立中学の落ちこぼれの僕とは違う人生を歩んでいる真っ最中だった。そんな友人とOPAの下りエスカレーターに乗り「ゆか子は細いからマウジー似合いそうだよね。でも、高校生の自分たちには高くて買えないよね。」と友人が言ったんだ。

当時の僕は高校生でもなければ、アルバイトもしていないし、まだ夜働いてもいなかったし、ただの、いや・・・本物の“ニート”だった。中卒でニートな僕にも、真面目に高校生をしている、大学受験をするような友人の“憧れ”の対象となる方法がある。

僕は自分を“着飾る”ことで、その対象になるよう努めた。

 

何で“憧れ”の対象となりたいのかは簡単だ。中学受験する資金力がなく断念した私立中学への高校への想いを引きずっていたからだ。未練がましいけど、あの世界が恋しくて羨ましくて仕方なかった。

 

彼女たちには将来の選択肢も、たくさんのファッションの選択肢もある。

僕がいた世界は、“1つ”しか許されないような“自由”を偽った世界だった。気付いていても、彼女たちと同じ世界に行くには手遅れだと考えていたし、同じ世界に行けないし、行く事はない、と決めつけていた。

 

だけど、夜の世界で「まだやり直せるかな」と、思ってしまった。

夜の世界で僕が見ていたお客様の“子ども”たちは、僕が憧れていた世界の住人で、彼らを通して“憧れの世界”を視てしまったのだ。閉めていたはずの“窓”が開いた、の表現が妥当なのかもしれない。

 

僕が小学生の頃、図書館で勉強していた世界や憧れを捨てられずに居た世界に“帰る”ために、僕は自分の人生の中で大切な青春時代を過ごした時間を捨てて、その時間を武器に生きていくしかない。

 

どんなにバカにされても、どんなに消えたくなっても、「自分の人生は、僕が過ごしたあの時間は無駄じゃなかった」と心から思えるようになりたい。

 

そう思える日が来たら、もう一度、ベルサーチドリーマーの香りを身にまとい、あの時見ていた“景色”を視てみたい。