シングルマザー女子大生ゆるゆるゆか子にっき

シングルマザー女子大生(だった)上原のにっき。ゆるふわニートなうです。

ここ最近の考えごとと日記

わくわくさんからの電話で起床。

わくわく家の皆様とお昼ご飯。娘ちゃんとわくわく息子は、すごく楽しそうだった。

そのまま、わくわく家にお邪魔してハンバーグをごちそうになる。小人たちが切ったタマネギがシャキシャキしていて美味しかった。野菜を大きく切るのも良いな(玉ねぎは)。

 

娘ちゃんは、わくわく家にお泊りするとのことだったので、私はわくわくさんに送ってもらう。ついでに、スタバで少し話した。

 

90年代の◯◯的フレームの意味が何となく理解できた。

同時に、悩みが出てくるんだけどね。

 

あの(自立した人間の意思としての)フレームで描くのか、ラベリングするような描き方をするのか、自由に見えて自由じゃないんだって(被害者的な)描き方をするのか。

 

私は、この3つの描き方しかできない。でも、本当は違う描き方があるはずなんだよね。それが何なのか分からないし、出来なくてモヤモヤする。

 

これって、自分語りでもそうなんだけど「自分たちは、自分たちのおかれた環境の中でしたたかに生きてるよ」ってのと「周りから見たら自分の意思で選択したように見えるかもしれないけど、本当は少ない選択肢の中でこれをチョイスしただけなんだよ」って方法があると思っていて、この2つを巡って当事者同士がバチバチしているのを見かける。

 

そういうのを見ていると、自分は、どっちかを選ばないといけないのかな?という気持ちになるんだけど、そのあいだはないのかな?でも“そのあいだ”って何だろう?ってなるんだよな。

 

できれば、再入学してから大学を卒業するまでに何かやり方をみつけたい。難しそうだけど(苦笑)。

 

あ、娘ちゃんから「帰りたい(涙)」コールはなかった。

念願の、わくわく家お泊りが実現して良かったね、娘ちゃん。

 

ちなみに、ばあちゃんの容態は落ち着いてきた。

一昨日、タバコを買い与えたら座ってる時間が増えた。どんな病気でも動機付けみたいなのが必要で、そうなる前の日常と近いことが出来るようにした方がいいのかも。

 

昨日は自分でお風呂入ってた!いい感じだ。