シングルマザー女子大生ゆるゆるゆか子にっき

シングルマザー女子大生(だった)上原のにっき。ゆるふわニートなうです。

彼女は死んでいた

 昨年末、新しい友達ができた。年齢は3つしただけど、友達と呼ぶには十分すぎるくらいの共通点がある。

 

 その友達とグダグダ話しているとき、共通の知り合いがいることに気づいた。友達とは知り合って半年以上経つが、共通の知り合いがいるかもとか、そういった類いの話をしたのは初めてだった。

 

 「〇〇と一緒に遊んでたよ」わたしが言うと、友達が「〇〇さん亡くなったよ」と教えてくれた。

 

「え? 自殺?」

 

「うん」

 

「マジか…… 最後に会ったとき、最近は上手くいってるって言ってたのにな。 あの後、ずっと連絡取りたかったけど、とれなくてさ」

 

「それいつ?」

 

「たぶん、あっちが19,20くらい」

 

「それたぶん、亡くなったから連絡取れなくなったんだよ」

 

 彼女が高校1年生のころ、わたしたちはスタービーチ(出会い系サイト)で知り合った。彼女から送られてくるメールは、いつも長文だった。内容は学校内での不満だった気がする。

 

 ある日、たまたま同じ英会話スクールに通っている話になり、わたしと彼女は、県庁前のリウボウで会うことになった。

 

 初対面の印象は、色白で小さくて可愛い、よく話す女の子だった。リウボウ二階の外で色んな話をした。そこから急激に親しくなった。わたしの幼馴染を紹介して、無免許だったけど糸満まで遊びにいったり、わたしの彼氏のうちに泊めたり、毎日のように同じ時間を過ごしていた。

 

 最後に会ったのは、久茂地のコンビニだった。高校を卒業してからはキャバクラで働いている、援交はやめた、東京に遊びにいく、ずっとコンプレクッスだった一重を二重にした、親との関係は良好だ、など。とても順調だと思えた。

 

 でも、その後、自ら命を絶っていた。

 

 使い古された言葉だけど、彼女には「居場所」がなかったのかもしれない。

 

 わたしのようなゴミクズみたいな生き方は出来ない。とはいえ、学校の友人たちのように、普通に大学進学したわけでもない。キャバクラで働いても出身校を言えば「なんで、エリートが働いてるんだ」と、壁を作られていたはずだ。

 

 きっと、いくつもの壁がある世界の中で、彼女は生きていたのかもしれない。そして、その壁に押し潰されてしまった。

 

 彼女がいなくなったのを知って、居場所の描き方が分からなくなった。わたしたちは「離脱」を誇らしげに語り、「排除」を悲観的に話す。でも、彼女みたいに、そもそも居場所が確立されていなかった場合は、どうしたらいいのか。

 

 わたしがエリートと言われる人達の「劣等感」に嫉妬を覚えないのは、彼女の存在が大きい。見えないものをたくさん見せてくれた。だから、わたしもわたしが見ている世界を見せた。

 

 彼女と友達は、「地元」が同じだった。

 

 わたしと友達は、Twitterで知り合った。沖縄県出身で、社会学専攻で、院進学志望で、夜の業界用語が通じる、唯一の友達だ。

 

 もし、わたしが大学進学していなかったら、連載をもっていなかったら、彼女の死を知ることはなかったのかもしれない。

 

 きっと、わたしに出来ることは、彼女の死を真摯に受けとめ、コミュニティや居場所の描き方を単純なものにしないことなんだと思う。

 

 上手くまとめられないけど、彼女から教わったことを忘れずに生きていきたい。そして、いつか何らかのカタチにしてみたいな、と思っている。