シングルマザー女子大生ゆるゆるゆか子にっき

シングルマザー女子大生(だった)上原のにっき。ゆるふわニートなうです。

「社会保障制度」より「個人」に助けられている

 朝から鈴木大介さんの連載(東洋経済オンライン)を読んで、憂うつな気分になっている。

 

 支援者が考える「支援」と、当事者が求める「支援」の違いについて、とても良い指摘がされていた。

 

 このブログ記事では、当事者が求める「支援制度(需要)」と行政が考える「支援制度(供給)」について、書いてみたいと思う。

 

 実は、前年度末から双極の症状が強く出てしまい、とても不安定で働けない状況にあった。丸一日、布団から出れない日ばかりが続いていた。

 

 このままだと娘を塾に通わせられない、外に遊びに連れていくお金もない。ひとと同じ空間を共有するのがつらい。もう、どうやって働いたらいいのか分からない。本当に絶望的だった。

 

 心療内科の主治医から生活保護を受給するよう勧められた。たしかに、17歳で夜の世界に足を踏み入れてから今まで、ずっと休憩はなかった。それどころか、少しゆっくりする時間すらなかったように思う。

 

 こうした話し方をすると、「ほとんどの人が我慢して働いているんだ‼︎」と、的外れな野次が飛んでくる。

 

 なにが的外れなのかと言うと、「環境と価値観が極端に変わる場所に行く」話ではなく、「元々いる場所で踏ん張り続ける」話をしているから、延々に噛み合わない。医師がわたしに生活保護の受給を勧めたのは、「いまいる場所」と「もといた場所」の価値観の狭間で揺れ、乖離の症状が出始めていたからだった。

 

 「いまいる場所」の価値観で、解決策を求めるなら制度利用しかない。そう思い、議員さんに相談して、一緒に生活保護申請の窓口まで行っていただいた。

 

 生活保護の説明を受けたわたしは、たくさんの疑問に押し潰されそうになった。その中で印象的だったのは、「飲酒禁止」「家賃3.8万円」の2つだ。

 

 まず、「飲酒禁止」が何の意図で記載されているのか分からない。保護費の中から毎日お酒を買っているのを想定しているなら、「健康」とは言えないから納得がいく。しかし、月1程度の飲酒で、しかも、誰かからご馳走になるお酒だったら、「飲酒禁止」の文言が持つ効果は違うものになる。

 

 「飲酒禁止」を守れば、コミュニティから排除されかねない。つまり、生活保護世帯の「地域との繋がり」や「交友関係」が希薄なのは、制度によってつくりだされているケースがあるかもしれないのだ。

 

 次に「家賃3.8万円」という、住宅扶助の上限。大変申し訳ないが、わたしが暮らしている地域に、そんなに安い賃貸物件は無い。1ルームでも3.8万円の物件なんて無い。一体、どこで生活基盤をつくれと言っているのだろうか……。とてもじゃないが、物価を考慮しているとは思えない。

 

 「健康で文化的な生活」を保障するはずの制度は、弱者の尊厳を奪いかねない。尊厳という言葉に反応して、批判されそうだが、「6畳ひとまに親子2人」で生活するのが「健康で文化的な生活」なのだろうか。決して、そんなことはないはずだ。

 

 以上の2つを踏まえて、わたしは生活保護申請を躊躇してしまった。結局、スカウトバックで細々と生活している。また、生活保護申請のための引越し費用とデリヘルの立ち上げ費用が同じくらいのため、デリヘルをやろうか検討中だ。

 

 スカウトバックも、デリヘルの立ち上げも、わたしが「もといた場所」の個人らの協力があるから出来ることだ。

 

 社会保障制度より、人的資本で食べていく選択をするというのは、わたしにとって「一般社会から排除された」結果だ、と言えるだろう。

 

 これは、わたしのケースだが、当事者の受給はバライティに富んでいる。様々な当事者に対応できるよう、制度設計をしていただきたい、と強く思っている。