シングルマザー女子大生ゆるゆるゆか子にっき

シングルマザー女子大生(だった)上原のにっき。ゆるふわニートなうです。

今井絵理子記事を、当事者性を持って振り返ってみる

messyでの“自分語り”連載が残り4回になったよン。

長かった気もするけど、あっという間だった気もするな〜と。まあ、振り返るのは連載が終わってからで良いのですが……(笑)。

 

とりあえず、前回の記事がバズってしまったので不安定な反省点(ガチ反省したものは除く)を記録しておきたいと思います。

 

 

mess-y.com

 

まず、前回の記事。

『大きな音楽が流れている真っ暗な箱の中で、不特定多数の男性を相手にしなければ「普通の生活」が出来ない。精液と消毒液とタバコの匂いが洋服に染み付いている』

 

この記述を“当事者”の人達が読んだら、どう感じるんだろう……。

って考えると、めちゃくちゃシンプルに「怒る」「キレる」「憤る」だと思うんです。

私が当事者だったらムカつくだろうし…。

 

でも自分の中で、当事者に対する罪悪感が強いのは今回の記事なんですよ。

 

mess-y.com

 

↑絵も出だしもウザいやつ。

 

この記事は『噂話が友人関係を壊す』の部分を読んだら、泣くか、死にたくなるかの2択だな、と。前回の記事は、風俗店で働いたことがない女の子達が働いている女の子に向ける言葉に近いんです。「慣れてる」って表現を使うのはおかしいんだけど、深く傷付かない範囲内だと思ったんです。

 

だけど今回の記事では「こんな風に排除されてるよね」って書いちゃってる。これって、見たくない現実じゃないのかな?こういうのを突きつけて良いのかな?って、不安になります。

 

排除されてるって気付きたくないだろうし、排除される過程が描かれているのを目にしたときの気持ちを想像すると、本当に苦しくてどうしようもないと思います。メンタルがグラついている人が読んだら、勢いで死なれちゃうかもしれないくらい酷いことを書いてしまったな、と。

 

私が苅谷剛彦の『階層化日本と教育危機 不平等再生産から希望格差へ』(有信堂高文社/2001.07)を読んで受けたダメージくらい、強いのではないかと……。

 

 

 

あんなに描けてるわけじゃないから、弱いかもしれないけど。

 

ダメージの強弱ではなくて、怒らせるのか、ダメージを与えるのかだけで考えたとき、後者は “当事者性”を持っていたら出来ないこと。というか、やっちゃいけないし、むしろ自分が排除の対象になるリスクを背負うんです。

 

そういった意味で、今回はある程度“当事者性”を持たないで書いたけど……。

申し訳なさみたいなものがあります。今後、この罪悪感にどう折り合いをつけていくのか課題になるんだろうな……。

 

今回は誰からも叱られなかったし、どちらかと言えば褒められたけど、勝手に反省してみました。